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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)1533号 判決 1982年2月17日

控訴人

株式会社三友

右代表者

東原秀夫

右訴訟代理人

安田健介

被控訴人

株式会社京証

右代表者

小倉善之

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた判決

一、控訴人

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人は控訴人に対し、金二五〇万円、およびこれに対する昭和五五年五月二四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

主文と同旨。

第二、主張・証拠関係

当事者双方の主張・証拠関係は、左記のとおり付加するほか原判決の事実摘示と同じであるから、これをここに引用する。

一、控訴人の主張

控訴人は、本件競落(京都地方裁判所昭和五一年(ケ)第一五六号不動産競売事件における競落)について競落の対象たる建物には借地権が存在する旨表示されており、借地権付建物として競落したが、真実は借地権が存在しなかつたから、本件競落は要素の錯誤により無効である。

二、被控訴人

控訴人の要素の錯誤による無効の主張は、これを争う。仮に要素の錯誤があるとしても、控訴人は不動産業者であるから本件建物(本件競落の対象たる建物)の敷地賃借権の不存在を知つており、ないしは右錯誤につき重大な過失があつたものである(被控訴人の昭和五六年五月六日付準備書面等および弁論の全趣旨による)。

三、証拠関係<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、請求原因2の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二控訴人は、本件建物を競落したが右建物の敷地賃借権が存在しないような場合は民法五六八条一項、五六六条一、二項により競売による本件建物売買契約を解除することができ、その解除をした旨主張するので判断する。

およそ民法五六八条一項にいう強制競売には抵当権の実行による競売(いわゆる任意競売)も含まれるが、建物の競売は必ずしもその敷地の賃借権ないし使用権の存在を前提として行われるものではなく、したがつて、競売における建物移転の契約において敷地使用権の移転が当然に予定されているものとみることができないし、競売は債務者ないし担保提供者たる所有者の意思に基づいて行われないから、競落人があらかじめ、または競落後に敷地所有者との間の契約等により敷地賃借権を取得するような場合は格別であるが、たとえ敷地賃借権が存在せず、その事実があらかじめ競落人ないし競買申出人に告知されなかつたとしても、その責任を債務者ないし建物所有者に帰属させることはできない。そして、債務者や建物所有者は競売に際し当然には敷地の賃借権ないし使用権の存在までも担保する義務はなく、競落人は競落建物の敷地の賃借権その他使用権が不存在であつたことを理由として民法五六八条一項、五六六条一項、二項を適用ないし類推適用して、建物競落における契約を解除することはできないと解すべきである(大審院昭和一二年三月一三日判決・民集一六巻二六九頁、東京高裁昭和五一年一二月一日判決・高民集二九巻四号二六一頁参照。なお、この点を積極に解するとしても、本件においては後記認定のように、控訴人は本件建物のための敷地賃借権が存しないことを知らなかつたことについて重大な過失があつたのであるから、この点からしても控訴人は契約を解除することができないと解するのが相当である。)。

三次に、控訴人は要素の錯誤による無効の主張をするのに対し、被控訴人はこれを争い、免責の主張をするので検討する。不動産競売の申出は国家機関たる競売裁判所に対する意思の表明である点において狭義の私法上の意思表示行為ではないが、競落建物の敷地の賃借権が不存在で競落における契約の要素に錯誤があるとしても、表意者たる競落人に重大な過失があるときは、表意者は競落における錯誤による無効を主張できないと解すべきである(前掲大審院判決参照)。これを本件についてみるに、前示争いのない事実によれば被控訴人は本件競売事件の債権者であり、成立に争いのない甲第五、第六号証中には競売の目的物である建物の敷地に賃借権があり、いわゆる賃借権付建物のようにうかがえる記載があり、控訴人の主張にそう部分がある。しかし他方、前掲証拠を綜合すると、控訴人は本件競落に際し、競売建物の敷地所有者について賃借権使用権の有無の調査をしていないこと、控訴人が以前にも競売不動産の競落をしたことがあるほか不動産の売買を業とする会社であること、本件競売建物の所有者福井慶治は裁判上の和解によりその敷地所有者吉尾彰夫から昭和六一年一二月末日まで右敷地の明渡義務を猶予されていたこと、昭和五二年六月二四日現在の本件建物の借地権付価額が四九七万円であつたが、控訴人が昭和五四年一〇月四日本件建物を競落した価額が三一一万円であることが認められる。そして、以上の事実関係のもとにおいて表意者の職業・行為の種類や対象物および態様等を綜合して考えると、控訴人は不動産業者でありながら競買申出に際し、敷地所有者について土地賃借権の存否の調査をしなかつた点に重大な過失があるから、たとえ競落における契約の要素に錯誤があるとしても、その無効を主張することができないものというべきである。したがつて、控訴人の右主張は失当であつて排斥するのほかない。

四してみれば、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(栗山忍 村上博巳 丹宗朝子)

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